馬瀬で暮らす人たちの声

どきどき馬瀬

藤本 星矢さん 佳絵さん

九州出身の星矢さんと、名古屋出身の佳絵さん
ゲストハウスを開くために、名古屋から馬瀬に移住
~暮らしを体験する宿~みんなのおうち elephant tree houseを切り盛りしている

一度目の移住のきっかけは“一目惚れ” 二度目の移住のきっかけは“人とのつながり”

おふたりの思いがクロスして実現した日本で最も美しい村への移住


―移住のきっかけは何でしたか?

藤本夫妻が、名古屋から日本で最も美しい村連盟に加入している馬瀬に移住をしようと思ったきっかけについて、尋ねてみた。

星矢さん
「旅行が好きで、意気投合して結婚するに至ったのも旅好き、というのもあって。名古屋に住んでたんですけど、ゲストハウスというか、やりたいことが一緒だったので、旅の経験を踏まえて、日本の原風景があるところを探した、というのが移住のきっかけです。」

佳絵さん
「私は、旅雑貨や、旅人たちが集まる場所とか、旅人に限らずいろんな人が集まれるようなコミュニティスペースというか、みんなが気軽に集えるような場所を作りたいというのがありました。
星矢くんは、自分が世界一周している時に、泊まっているゲストハウスが旅人たちのハブになっていて、いろんな情報交換ができたりとかつながりができたりとかして、ゲストハウスに魅力を感じていました。
で、もし、日本でやるとしたら、日本の原風景が残るところでやりたいというのと、私は人が集まるところをやりたいというのが、クロスした、という感じだったね。」

挑戦者現る?!一目惚れした家に即移住 これはいわば“移住ハイ”


―なぜ、他の場所ではなく、馬瀬を選んだのですか?

“移住したい”という思いはあったものの、最初は、特に馬瀬にこだわりはなく、どこかにいいところはないか、探していたそう。
そんなおふたりが、馬瀬への移住を決めたのは、なぜだったのか、たずねてみた。

星矢さん
「一回、名古屋の方のゲストハウスを手伝ったりしたんですよ。でも町中はビジネスホテル的な感じなんですよ。全然ゆっくりできないっていうのもあって。僕が思ってたのと違うな、と感じました。それで、やっぱり田舎だなっていう。
最初は、馬瀬にこだわってなかったんです。岐阜の田舎で、最初は中津川とか観光地で、ある程度の人が見込めるし、現ににぎわってるし、で、物件をいろいろ探してみたけどないなあ、全然ないなあ。っていうところに、Facebookのアルゴリズムが空き家探してるんじゃないの?って、馬瀬の物件を出してきたんですよ。」

佳絵さん
「で、ちょっとおもしろそうだから見に行ってみようか、って。下呂温泉は有名だから、来たこともあったし、よく知ってる場所だったけど。名古屋から馬瀬ってどこだろうねって車を走らせてきたんだよね。
真夏の暑い名古屋から到着して、降り立った瞬間、空気が違う。
さわやかな空気と、目の前にすごいきれいな川が流れてる。山には沢が流れていて、山水が庭の方まで来てるっていう。広大な敷地があってね。とにかく本当に土地に一目ぼれしてしまって。
お家はね、本当にとっても古くて、100%木造で、築100年超えてるって言ってたかな。
そんな感じで素人目にもここは住めるのかな、みたいな家でした。
けど、お花は咲いてるし、蝶々は舞ってるし、空気はきれいだし、ここは本当に楽園だなっていう感じで、一目惚れしちゃって、家のことはあまりなにも考えずに移住を決めてしまったんだよね。
私たちは、本当に勢いで移住を決めてしまって。紹介してくれた方のお話だと、何組かは見学に来てて、みんなめちゃめちゃいい場所だけど、やっぱちょっと家が…っていうので、挫折していったらしいんです。
当時Facebookの投稿に“挑戦者現る”みたいな風に書かれていて、挑戦者なんだ、うちら、みたいな感じだったよね。」

星矢さん
「ま、移住ハイってやつでしたね。」

実際の暮らしは、ほぼ“キャンプ”?


―実際に住んでみてどうでしたか?

2021年7月に見学をし、土地と家とに一目惚れをして、“移住ハイ”の状態で11月に移住してきたおふたり。
実際に暮らしてみたらどうだったのだろう。

佳絵さん
「大家さんがね、すごく喜んでくれました。大家さんは、その家に一番長く住んでいらっしゃって、思い入れのある家だった、けど、市の空き家バンクには登録できない状態で、もう解体するしかないと諦めていたところに、空き家紹介の方が、一度試しに探してみましょうか、って募集をかけた。だから、大家さんたちがすごく協力してくれて、ね。」

星矢さん
「家財道具がある状態で内覧をして、その時点では全然いけるな、って思って。
実際、置いてあるものとか全部とっぱらって、清掃業者さんを呼んでやってもらったら、こんなボロボロだったんだ。明日やばい、みたいになって。
あ、そうそう、家財道具の片付けの時に、キッチンシンクも取っ払って。あ、そういうことか、となりました。本当に全部取っ払ったから、台所もないし、お風呂もない。
台所もないから、トイレの横のちょろっとした手洗い場が台所でしたね。
トイレは、汲み取り式のトイレがあったから、それを使いました。
お風呂は、美揮の里(地元の温泉施設)に通い、毎日カセットコンロで青空キッチンで料理をし、一応、家の中にはいるけど、最初1か月半くらいは、ほぼキャンプみたいな生活でしたね。」

―不安はありませんでしたか?

星矢さん
「それが、不安ではなかったんです、その辺のことは。それこそ、移住ハイになっているから。
不安っていうよりは、ちょっとおもしろいっていう感覚に近い、ワクワクはありました。」

佳絵さん
「何日か雨が降り続いた後に、めちゃくちゃ雨漏りして、家の器という器を置いたんだよね。」

星矢さん
「不安とか不便とか特に感じないけど、これやばいなという現実が見えてきた時でした。」

佳絵さん
「大工さんに一度見てもらったら、全面張替えだね、って言われました。
でも、とにかくこの辺のお家って大きいじゃないですか!?
だから、屋根だけ張り替えようとしたら、ざっと500万の見積もりと言われて。
うちらの手に負える物件じゃないね、っていうので、初めて不安っていうより、立ち尽くした感じでした。
その頃、SNSの発信もしてて、地元名古屋の友だちとかいろいろ来てもらって、床を外したり壁を崩したりっていうのを仲間を巻き込んでやってました。
大家さんや移住の窓口になってくれた馬瀬の振興事務所の方も一部始終を見てくれていて、雨漏り騒動の時には、大家さんがすぐに駆けつけてくれて。一番に電話をくださったのは役所の方だったんですよ。」

当時のことを振り返り、明るく話すおふたりだが、数十箇所に及ぶ雨漏りの修繕費は、見積もり500万円。
ついに住むことを断念し、移住後1か月半で名古屋へ避難することになったのだった。

では、なぜ、今現在もおふたりは、馬瀬の地に住んでいるのか。
それは、いつもおふたりを見守ってくれていた役所の職員の存在なくしては語れない。

星矢さん
「ここいいなと思ったポイントとしては、やっぱり人との距離がね、すごく近いんですよ。」

佳絵さん
「雨漏りで心配してくださった時もそうだけど。
鮎を持って、最近どんな感じや?とか訪ねてきてくれたりね。
で、一旦名古屋に引っ込んだ時も、役所の方がすごい動いてくださって、家を紹介してくださったんですよ。」

おふたりは、下呂の他の地域の家も内覧した結果、一目惚れしてしまった馬瀬の地に再び戻ってくることになった。
今回は、改修しなくてもいい物件だった。

おふたりを下呂・馬瀬の地につないだ人のつながり

―移住したとき驚いたこと都会と違うなと感じたところは何ですか?
「地域全体が家族みたい。お葬式もみんなで手伝います。」
「最初の勤め先は、そこの区長さんが紹介してくれました。」
「畑で採れた野菜をすごくたくさんいただいたり、毎回感動しました。多分名古屋で届いていたら、怖くて食べられないかもだけど。」

書ききれないほどでてくる違いは、ポジティブなものばかりだが、移住してくる前、不安がなかったわけでは、なかったという。
それは、「田舎に移住するって排他的な感じなのかな」ということだった。
さて、おふたりの場合は、どうだったのかというと、

星矢さん
「仲間に入れてもらえなかったりとかあるのかな、って心配してたら、超ウェルカムで!」

佳絵さん
「めちゃめちゃ歓迎してもらえた。みんなですごく応援してくれるし、サポートしてくれるし。
困ったこととか、知らないこととか、どんどん教えてもらえました。」

星矢さん
「僕たちの場合は、最初に心配していたイメージとは、真逆でした。」

―馬瀬ならではの風習とか、お祭りとか、食べ物とかで感動したことってありましたか?

佳絵さん
「がんどうちです。」

※『がんどうち』とは??
もともと飛騨地方に伝わるひな祭りの行事。今では限られた地域のみの行事になっているが、現在でも下呂市の一部地域では盛んに行われている。子どもたちが『ひなさま見しとくれ〜』と言いながらご近所さんのお家を回って各家庭の雛様を見せてもらい、お土産にお菓子をもらって帰るという行事。

「移住してきて初めての3月に、小学1年生の子たちに仲間してもらって、半日一緒に回らせてもらったの。
小学生の子たちが、みんなエコバッグみたいなのをいっぱい持ってきてて、常に小走りなの。
休憩なんてしないで、何時までにあの家に行くんだからって。
留守の家にも張り紙がしてあって、お菓子いくつ持っていてね、とかね。
前に住んでた名古屋では考えられない行事で、本当に地域全体が家族みたいに、子どもたちを受け入れて見守ってというのができてないと、あの絶対的な安心感はないと思いました。そういう信頼関係がごく自然に成り立っているのがすごいと思いました。」

星矢さん
「僕の好きなゲームで、“ぼくのなつやすみ”あれを地でいく感じの田舎暮らしですね。
川に飛び込めるし、焚火も楽しみ放題!」

2回目の移住をした後に、地域の草刈りボランティアグループに入ったという星矢さん。
「地域の人たちが馬瀬全体を自分の庭じゃないけど、宝みたいに思ってるんだなっていうのは、感じます。だから、草刈りも自分のところだけじゃないんだよね。」
「日本で最も美しい村連合」に加盟している馬瀬の景観が守られている理由はそこにあると感じているんだという。

―お住まいの地域の“悪い”ところはありますか?

たくさんの“いい”ところを語っていただいたのだが、“悪い”と感じるところはないのだろうか?

佳絵さん
「アクセスかな。遠いですよね。病院が遠い、とか。
旅するのにも、まず岐阜県から出るのに時間がかかります。
映画館までも時間がかかる。片道2時間くらいかな。
今は、映画で言ったら、こっちに来てからスクリーンを買っておうちシアターみたいな風にして楽しむのもやってます。
買い物は、今は、オンラインで届けてもらえるから、困ることはないです。

最初のころ、私は雪に慣れていなくて、雪道運転はこわかったです。雪が降るとどこにも行けないっていう。雪っていうものには結構翻弄されていました。すごいきれいだけど、予定はキャンセルだなっていう。

総合して考えると、圧倒的に楽しいことが多いかな。雪の楽しいこと!!
雪の楽しいことは、雪だるまを作ったり、とか。でももう、景色だけで本当に最高です。この白銀の世界が自分の家の窓の外に広がっているっていう!」

「夏はみんなで草刈りだとか、秋は収穫だとか、わーーっと忙しく動いていても冬だけ、雪が降ると外仕事は一切できなくなる。家時間が増える。四季に合わせた人間の営みをしてるなって感じます。」

里山での生活は、“いい”も“悪い”も背中合わせでとらえ方しだいなのだと、おふたりのお話を聞いていると感じさせられる。

―移住を考えている人にメッセージをお願いします。

星矢さん
「もし、興味があるならぜひって感じです。
地域に一度飛び込んでみるっていうのは大事かな。」

“飛び込む”とは、どうしたらいいのだろう?
佳絵さんが補足をしてくださった。

佳絵さん
「例えば、その地域にあるゲストハウスに一定期間滞在してみるっていうのは、すごくいいことだと思う。
1週間滞在したら、小さい地域ってつながりができていくからね。
そうやって通いながらつながりができていくと、お家探しとかも、外から探しているよりは、圧倒的に可能性が広がると思います。」

星矢さん
「体力があるうちに移住したほうがいいと思います。
田舎暮らし=スローライフは、定年後みたいなイメージもあるかもだけど、畑仕事にしても草刈りにしても、肉体労働的な活動がたくさんあるから、動けるうちに移住したほうが楽しめることがたくさんあるかな、って思います。」

一見不便にも見えるところにも、“楽しさ”を感じ、里山暮らしを満喫しているおふたり。
おふたりの“暮らしを体験する”ゲストハウスに集う人たちが、笑顔になる理由がここになるように感じた。

ライター プロフィール
あつこ

あつこ

岐阜県高山市出身、下呂市で一番北側の小坂町に住んでいます。夫、夫の両親、3人の子どもたちと暮らしています。自然のありのままの美しさや、家族との生活の楽しさをお伝えしていきます。